マジメ

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【イベントはサッカーだ】

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最近は、いろんな方とおしゃべりする機会も増えまして。

みんなであーだこーだ言っているのですが。

イベントは一人でできないんです。

イベントを企画する人、人を集める人、イベントを支える人、そしてもちろん参加者がいないと成立しないし、面白くならないんです。

例えて言うなら、イベントのスタッフ側は一つのチーム。

役割に応じたフォーメーションで動く必要があるのです。

イベントの当日、司会や演者さんはFW。みんなを楽しませてくれる「攻撃的な仕掛けをするスタッフ」です。

主催者は基本的に中盤の「司令塔」を担当します。いわゆるMFの一員です。時にはFWとして上ったり、DFとして守ったりと、非常にタフな役回りです。

同じく、受付やフロアに目を配るスタッフ、また参加者をまとめ上げるスタッフもMFという重要なポジションです。

DFは危機管理、リスクヘッジ、下準備をする係。守備的要員です。

彼らがどれだけラインの底上げをできるかで、MFやFWの仕事が決まってきます。

もし、DFの数があまりに足りないとMFが上がっていけず、攻撃参加ができません。

GKは、何か失敗しないように守る最後の砦です。起きてからでは遅いことも世の中あるわけで、いろんなところに目を光らせている人が必要です。

こういったようにバランス良くイベントスタッフを配置して、初めてイベントの運営ができます。

もちろんこれは例えですから、実際には兼務していることがほとんどです。

兼務といえどこういったポジションは必要なのです。

気を抜いてるとあっという間に失点してしまうし、1点を取るのは大変だし。

最近、水面下の動きが少しずつ出てきました。しかも2つ。

1つは、ワクワクできるものを提供できる日が近づいています。

俺はいつもDFやGKでのポジションしかしません。

でも今回は「発案」から「当日運営」までのトータルコーディネート。

時間がかかりましたが、フィールドを縦横無尽に動きまくっています。

もう1つはチャレンジ。

格上相手に挑戦を挑むイメージです。

DFに大型助っ人を招聘しての戦いがこれから始まります。

【絶対に負けられない戦いがここにはある。】

2014年総括。

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今年もたくさんいろんなことがあったなあ。

ただ、当初目標に掲げていたものはどういう形であれ進めることができたと。
珍しく有意義な1年だったと思います。

まずは仕事の事。

今年の自分の中でのメインイベントは、【〇〇の選び方】と言うアプリを作る事でした。(賢いコツプロジェクトの第一作)

結果、誰も興味を持ちそうにないニッチなところを狙って【電球の選び方】と言うアプリを、プロの方に手伝ってもらいながらリリースすることができました。

結果はいろんなネットメディアに紹介していただきましたが、ニッチすぎてダウンロード数は全く伸びませんでした。

今はiOSアプリ・Androidアプリ共に安定版がリリースされています。

第二第三の同じような【〇〇の選び方シリーズ】が改善もされつつ、リリース予定です。

また新しい試みのプロジェクトも絶賛進行中。
最新技術を使ったアプリ連動型体験ゲームも開発終盤に差し掛かっています。

さらに年末に駆け込んできたかのように、未体験のお仕事が舞い込んできました。

この間の日記でもちょっと書きましたが、とある街工場の再生をチャレンジします。

次に遊びのこと。

5月に久しぶりの大きなイベント、【不思議な国の運動会】と言う、200人規模の運動会のバックアップメンバーをさせていただきました。

この運動会、実は私の最後の軸となる関わり方をするイベントでした。
当日スタッフとかで駆け回る事はこれからもあるでしょうが、じっくりと時間をかけて準備をしていくのはこれが最後やったんです。

幸いなことに今回企画を担当してくれたしす君はとても優秀な男でした。こんな後任をもって俺は安心だよ。

そしてこの運動会では、とある団体に出会うことができました。

ペイフォワードという、とても組織されよく楽しむ団体の皆さんです。
うれしいことに少しずつイベントにも参加させていただいています。

あと最近で忘れられないのが公道でマリオカートをやってみようと言うイベント。二回参加させていただいてもうヤミツキです。

今は事情によりワリオの衣装は行方不明になってしまいましたが、来年も必ず参戦したいと思っています。

そういや鍛えられることもありました。
今も俺は本業で大家さんの何でも屋さんをやって生計を立てているのですが、9月ごろ一件の大トラブルがありました。

法律や人間感情、非常に難しいもんです。

響昨日の自分を追い越すことをこれからもやっていきたいと思います。

真面目なこともそう。

ふざけることだって、決して手を抜かない。

2015年も良い年になりますように。
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【戯言】

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あらかじめ言っておきますが、これは誰かを批判したりとかではなく、1億2,000万人分の1の意見だということで、読んでほしいと思います。

10月末、夜渋谷にいたんです。

ハロウインとは関係なく、渋谷に用事があったから渋谷にいました。

そこには、とても大勢のハロウィンのコスプレをした人がいましてね。

普通に交通の妨げになっていました。

歩道でいきなり何か出し物し始めて、歩道を歩くことができない場面にも遭遇しました。

それを見てね、正直興醒めした。

自分のことを棚に上げるつもりは全然ありません。

俺だって日にちは違うけども、公道でコスチュームに身を包んで、カートで走ったりします。

そんときに気をつけるのは、法律に反していないか、一般の人の迷惑にならないか、ということを最優先に考えます。

正直この渋谷の街はね、パニックでしたよ。

やってる人たちは人のことを何にも考えていなかった。配慮のひとかけらもなかったね。

ほら、ワールドカップの試合があった時、試合終了後スクランブル交差点を警察が封鎖したでしょう。

来年や将来近いうちに、ハロウインでもそうなるんじゃないかなーって思いました。

集団心理とは怖いものです。
みんなでやれば怖くない。
みんなでやれば何でもあり。

そんな風に見えました。

俺ね、そもそも疑問なの。

みんなでハロウインで変装するでしょう。

目立ちたいから変装するんだよね。

でもみんなでさぁ、おんなじように仮装したって全く目立たないよね。

埋もれちゃう。

「ハロウィンの仮装している皆さん」で終わっちゃうんだね。

そういう面、日本には昔は今も「みなさんとご一緒に」という風土が根強く残っているんだなと思います。

本当に目立ったり、本当に注目されたりしたかったら、何の変哲もない週末にそういうインパクトあることやったらいいのにね。

そうすると、とある人は言うんだ。「恥かしい」「街中で目立つ」「街中で浮いてしまう」と。

俺はね。

集団心理を使いながら、面白いことやろうなんて中途半端以外の何者でもない。

そう思うよ。

やるんだったら突き抜けたほうがいいと思うけどなぁ。

将来それがネタになり、糧になると俺は思う。

っていうか、俺にはなってる。

俺は日本の風土である「みなさんとご一緒」という雰囲気、大っ嫌い。

一人ひとりに、イベントのあり方を考えて欲しいなと思った、夜でした。

【新しい送別会の形】

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8年来の友人の1人が近々、名古屋に転勤するということで送別会を昨日したんですがね。

実は送別会に、少し前から疑問持ってまして。

全くもって、普通の飲み会をしました。気を使ったのはメンバーの人数くらいです。

みんながひとつの話題でしゃべれるように、できるだけコンパクトな人数にしました。

ほら、何年か前まで「遠くに転勤」というと、「もう会えないんじゃないかな」とか「疎遠になってしまうな」とか言う感じだったのですが。

最近気軽に、Twitter・Facebook・LINEで転勤した相手の近況がわかるじゃないですか。

メッセージとかで気軽に交流ができるじゃないですか。

物理的な距離が変わっても、今や心の距離は変えずにいられることができる世界なのだと思います。

現に、俺には京都にいる人がお知り合いにいましてね。

その人とは、しょっちゅうくだらないメッセをやり取りするんです。

そしてたまに会うときには、「おいっす、じゃ行くか?」くらいの、いつも会ってるかのような軽いノリでの再会。

話を戻しますが、そういう経験があったので、ちょっと今回は送別会というよりも「少人数でダラダラ喋る会」というノリで集めました。

少しはね、転勤先の話もしたけど、大半は普通の飲み会と、一緒なテイストの話でした。

だって、気張って送り出す必要ないんだもん。

つながってるんだから。

だから送別会最後に、転勤する人から一言とか、一本締めとかしませんでした。

大丈夫。ネットからリアルかわからけども、また会える。

だから帰りもいつもと一緒です。
「あぁ、俺埼京線だがら、じゃーねぇ」「はい山手線の人こっちだよー」

時代は変わった。だから仲間内の送別会はこれでいいんだと思います。

《じゃ、またそのうち。》

【不思議な国の運動会】

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知ってる方もいるかもしれませんが、先週末「不思議な国の運動会」というイベントをやってきました。

第一回という事もあり、いろいろな課題は残りつつも皆さんのご協力もあって楽しくやらせていただきました。

この企画が持ち上がったのは三か月前の2月10日。

発起人の「普通の運動会じゃない運動会がしたい」という言葉を受けて作り始めることになります。

普通の運動会と違う競技をしよう。どうせやるんだったら振り切ってしまおう。全部やったことのない競技にしよう。

それが根本にありました。

皆さんは意識していないでしょうが、我々には「共有の知識」というものがあってですね。

例えば「ラジオ体操」なんてすごくいい例です。

あの音楽さえ流れれば、なんとなくできるでしょ。今回だって「ギニア語バージョン」でみんなでやったんだから。

ギニア語、分かる人いました?

万が一いても1.2名でしょ?

でも、みんななんとなくできちゃう。「共有の知識」を持っているんです。

それで、運動会も同じような「共有の知識」でなり立ってるんです。

だいたいさ、100m走して、大玉転がして、玉入れして、綱引きして、リレーするでしょ?

みんな、大体のルールを知ってるわけです。

ただ、今回の運動会は全部新競技。「共有の知識」がないんです。

「ルールの徹底には苦労するだろうな」と思っていたら、それがめちゃめちゃ大変でした。

例えば、「風船取りバトル」。腰についてる風船を取るか割れば良いっていうルールなんですが、「ヘアピンを使って割ろう」っていうのは企画陣には発想できなかった。

知ってます?

男ってね、実はヘアピン使わないの。

考えもしなかったよね、ヘアピンで割るって。

まぁ、話はそれましたが、「共有の知識」がないゲームを作ってやってもらうのは大変なんだなと、再確認できました。

そうそう、大事なことも書いておかなきゃ。

今回、総合企画をしてくれたのは発起人を慕う後輩さん。

俺はサポートというか、進捗管理というか、そっちの色が今回は強かったです。

リーダーたちが持っていた進行台本、主に彼が作ってくれました。

あーだこーだ言って、作り変える事11回。

実際には当日口頭で伝える変更点もあったので、12回なのかな?

新競技の原案を考えてくれたり、テストプレイをしてくれたメンバーもたくさんいました。

みんなに支えられての運動会でした。

90日間、ずっと運動会のことをしてたわけではありませんが、新しい競技をちゃんとルール化するのはパワーを使いました。

予備競技も含めると9競技の内容・ルールに関わりました。

磨けば光る競技もあったように感じます。

是非、ブラッシュアップして完成度の高いものにしていってほしいと思います。

あ、そうそう。今回の運動会で俺は「第一線」から退くんです。

だから発起人の後輩さんが総合企画として入り、引継ぎをしたんです。

俺はこれからも運動会に関わるかもしれないけれど、ちょっとずつ力を抜いていきます。

やりたいこともあるし。

【フワフワと戸惑い】

今、とあるプロジェクトを一緒にやってる人たちが何人かいます。まぁ、俺はバックアップメンバーなんですがね。

1人は俺と同学年。そいつが発起人です。

あとの子は基本的に5個くらい違うのかな?

あまり年齢がわかりませんが、俺より若いことは確かです。

ちょっと前は、自分と同世代の人たちと何かの計画を立てたりしていました。

意見を出したり、あれが良いこれが良いと議論をし、みんなでぶつかり合っていました。

中には感情が高ぶりすぎて、泣いちゃう女の子もいました。

今回のプロジェクトでは、それがあまりありません。

正直、それに戸惑いを感じています。

自分の意見を押し殺してるのかな。

自分の意見がないのかな。

失敗するのを恐れているんだろうか。

意見を言えない環境を作っているのであれば、それは俺(達)が悪いと思ったり。

______

これは身の回りの話ではありませんが、失敗にナーバスになっているような気がします。個人ベースでも、社会ベースでも。

「失敗を叩く文化」が完全に根付いちゃったんですね。

俺はそれが原因だと思います。

確かに、失敗をしない方がスマートでかっこいいですし、ロスもリスクも少ないかもしれません。

でも俺は、失敗はしたほうがいいと思っています。自らよく熟考し、失敗してみればいいと思います。

______

俺には「失敗についての反面教師」がいます。
俺は高校生、先輩は大学院生だったと記憶しています。

後輩である俺は、先輩に悩みを打ち明けました。「○○をしたいんだけど、どうしてもうまくいかない。どうすればいいか」と言うアドバイスを求める質問でした。

彼の答えは「僕は失敗したことがないからわからない」というものでした。

「なんで失敗しないんですか?」と聞くと彼は「教科書に書いてある事しかしないから」と答えました。

俺はハッとしました。

彼は本当に頭が良い「はず」なのです。

でも彼はマニュアル人間でした。

やったことない事は、全てわからなかったんです。

答えられるのは、教科書に書いてあることだけ。

学力あっても応用力・考える力は全くなかったのです。

案の定彼は、社会でやっていけませんでした。ちょっとでもマニュアルがなく、自分で考えないといけないことに直面したとき、なにもできなかったと言っていました。

そんな彼をそこそこの期間見ていたので、学校嫌いの俺は最低限の勉強しかしなく、「これ、こうしたどうなるんだろう?」と疑問を解決する事をずっとやっていました。

______

今、好奇心ありきで動くのは結構リスクが高いです。

例えば変なことをしてみたら、もしかしたら2chで叩かれるかもしれません。Twitterで炎上するかもしれません。

それは、ここ数年通信が整ったからこそ起きた変化です。

何かの突拍子もないアクションを起こすと「非常識だ」「恥を知れ」と言われることがあります。

それは、その人たちの持ち合わせた基準に該当していないから、そういう言葉出るんです。

「基準の尺度はあなたなのか」

「世間の基準が正しいのか」

ほんとに思うんですよね。

例えば、昔は結婚する前にセックスをした時、不貞行為と言われていました。

今はどうですか?普通にされてるんじゃないですか?

例えば、昔は結婚する前に子供授かるなんていうことは、非難される事でした。

今はどうですか?できちゃった結婚・さずかり婚・ダブルおめでた婚と言われるじゃないですか。

世間の基準の尺度が大きく変わった証拠です。

一方で、個人の尺度はどんどん狭くなりつつあります。

自分の常識じゃないことを他の人がやっていると、すぐ軽蔑したりします。

その人の頭の中が世界の全てではないので、「正直やってみなきゃわかんないじゃないですか」「前例がなかったとしても、前例を作るかもしれないじゃないですか」と思います。

今、俺がやってることがまさに前例のないことです。

まぁ、やってから気がついたんです。

「おかしなぁ、おんなじ職種の人に全然会わないっ」って。

俺の職種に近い会社員と時々しゃべると、途中から明らかに目線が変わります。

「あいつ、やばい(おかしい)ヤツや」

そんなビームを発してきます。

重複しますが、前例のないことをやっているので、その会社員の常識の中には「俺のやってる事は異常」と捉えられるのでしょう。

さすがにもう慣れましたが。

______

さてそろそろ本題の話に戻りましょう。

自分が、「こうしたらいいんじゃないか」と言う意見を出さないと、その人たちは本当に楽しいのかなあと思います。

自分の意見を言わない。言わないから、もちろん自分の思い通りにはならない。

リーダーからあてがわれた仕事を淡々とやる。時々自分がやりたいと思っていた役もできない。

試しに、ちょっとカフェに呼び出して話を聞いてみた。

そうしたら、もっとこうした方がいいんじゃないかという言葉が、出るわ出るわ。

彼らをため込んでた。

実は自分の意見はちゃんとある。

でも「何かを壊しちゃいけない」と言う考え方があるのだろうか、その考えは共有されない(されにくい)。

正直、俺の世代よりもっと「いい子になり過ぎているんだ」と個人的に思っています。

「自分の意見を言わなければこの話は円滑に進む」とでも思っているのでしょうか。

俺は良いものを作るためには、様々な立場の人が様々な意見をぶつけて、相当ぶつかりあい、1つのものを真剣に創り上げる事が必要だと思っていて。

そっちの方が、全力を出し切り、それでたとえ失敗したとしても、「今回については今の実力では足りなかった。でも絶対リベンジするぞ」と言う動機付けになるんじゃないかなと思ったりします。

良い子である必要は無い。人を傷つけることはしてはいけないけども、自分の意志や自分の意見をちゃんと伝えることのできる大人になって欲しいと思います。

______

P.S.
ちなみに余談ですが、俺の考え方に「大人なんか1人もいねぇ」という考え方があります。

うちの親父32歳の頃、俺の親になりました。今俺がその32歳になっています。
若干の時代の流れで成熟度が違うでしょうが、そんな人が親になれるんです。
みんな子供なんだよ。だからそんな我慢する必要ないと思うなぁ。

【失敗をすること】

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今ね、「失敗しないこと」を前提に考える風潮が多いのに飽き飽きしてます。

なんでこんなことを言い出したのかと言うと、これからの小学生は半袖で木に登っちゃいけないそうです。危ないから。

そのニュースを見て、改めて驚いたのです。これは保護とかではなく、責任のなすりつけ合いであると。

そりゃね、過去の失敗を見て学ぶことは重要だと思うのです。

だけど、比重が重すぎるんだなー。

我々のやっていることもそう。

「失敗した事例があるからダメだ」ってなってしまう。

「俺達がやったら上手く行くかもしれないじゃん!?」

「今は技術も発達したから違うやり方でやったらうまく行くんじゃね?」

そういう意見が出てこない。出したら出したで「はぁっ!?」っていう空気をみんなで出す。

いい子が増えてきちゃってる。いい子と言うか、意見を出す子…?うまい言葉が見つかりませんが…(´Д` )

やっぱり失敗は嫌なんでしょうか。

責任ってどのくらいのものだと感じてるんでしょうか。

無難なことをして、無難に成功するのが一番楽なのかな。

チャレンジして、失敗したり叩かれたりするのが壁になる時代って、嫌いです。

俺はある程度の失敗したっていいじゃないか、自分がやろうとしたことやってダメだったっていいじゃないか、って思ってます。

もちろん、自分や自分のチームは全力を出します。最善を尽くします。

何かしらの命が危なくならなければ、失敗したっていいじゃないかっ。

結局、新しいことをするにはリスクをある程度とらないとリターンは得られない。面白いものは生まれない。

熱量(力の入れよう)の違いもあるよな〜、としみじみ。

リスクが怖くて震える時もあるけど、潰れない程度の震えは必要。

失敗は怖いことだ、でもそれを超えて大成功をして行きたいと思うのです。

【オリジナル】

自分は一人しかいない。

当然のことですが、忘れちゃいけないと思うのです。

それは、「自分にしか出せない色がある」ということなのです。

ココでいう色って言うのは、自分独特の味といいますか、

個性のことなんですがね。

つまりは、みんなコピー人間だったらつまらないと思うんですよ。

どっかにみんなで行ってたむろって、ぐだぐだする。

みんなとただ一緒のことをする。

「それがしたいのか?」

「いや、別に・・・」

「じゃ、何でやってるんだ?」

「みんながしてるから・・・」

俺はいろんな人から、「お前おもしろいな(変わってるな)」って言われます。

ほかの人と違うと。

「そうですか?」って言いつつ、

「当然だ」と思っています。

俺は1人しかいないんだから。俺に類似した人間が出てきたほうが気持ち悪い。

クソ真面目で、何事にも100%のチカラで向かっていって、

大抵砕け散って、学生がやるようなバカなことが大好き。

そんなヤツがウジャウジャいたら、公害だよ。。

ただ、俺1人しかいないから、それはおれの「オリジナル」なんだな。

この世界の中で「自分にしか出せない色」っていうのは必ずあるはずです。

だって、1人たりとも100%同じ人生をたどってきた人はいないのですから。

自分の色を、世界という大きなキャンバスに、1滴でいい。

1度たらしたいと思うのです。

自己満足に過ぎませんが自分の生きた証をどこかに。

もちろん「自分の色を出す」というのは、社会に適合しないという意味ではありません。

順応しつつ、自分の色も忘れずに行こうという事です。

良いところだって、

悪い所だって、

全てえいすけなの。

全部あわせて、オリジナルのえいすけ。

いつまでも、面白い(変わってる)人かもしれないね。

【最近思うこと】

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どうも、雪ではしゃぎすぎて芯から体を冷やした何でも屋、中村えいすけです。

雪かき、一日で5件は死んじゃいます(笑)

さて、今日初めてアップル製品のパソコンを買いました。

年末から何度も悩んだことですが、結果的に必要だろうと思って、買うことにしました。

今年は、去年よりも増してチャレンジをしてみたいなぁと、思ったからです。

ツールがないことでチャレンジができないというのは後々悔やむことになりますからね。

もうう米部のメンバーにはチラッと話をしましたが、あのサークルのサポーターを今月いっぱいで退任することになりました。

理由はいくつかあるのですが、ここでは割愛します。ほんとに知りたかったら、直接会った時にでも聞いてみて下さい。

この1〜2週間で、今年は違ったことをやろうと考えました。

まだ守るものが少ないときに、無謀かもしれないチャレンジをしてみようと思ったのです。

やる事は基本的に掛け算です。

⑴「みんなが困っているものを解決する」と言う、ごく自然なサービスの発案と、クロージング(リリース)まで。

⑵イベントにとあるものを掛け合わせ、日本で第一人者までいかなかったとしても、早い時期にそういったシステムものを確立したい。

⑵は自己欲求の部分も強いですが、やってみたいと思ったことを理由なく諦めるのも嫌なのでこの時期にチャレンジしてみます。

いろいろ考えたんです。

その結果、別に自分の道で転んだっていいなと再確認できたんです。

例えばユニクロ。すごく前の話ですが彼らは野菜を売ろうとしました。残念ながらすぐその事業から撤退しました。

例えば朝日新聞。誰も知りませんが、 10年以上前に彼らは週刊新聞を出していたことかあります。新聞の名前は「7」。しかしすぐに休刊になりました。

最近の話だと、横浜のダイエーがレジ袋の有料化に踏み切りました。たった1ヶ月2ヶ月で、その話はなかったことにされています。

この3つの例でわかること。

大手の企業だって失敗をする。

だったら俺たちだって、失敗していいんだ。

むしろ彼らより失敗するのは、当然なんだ。

ちゃんとマイルストーンを置いて、真剣に取り組んでいくけども、本当に再起不能位の大怪我を受けなければ、またチャレンジすればいい。

そう踏ん切りをつけました。

ちょうどいろんなタイミングも重なったんです。

アメリカからは自分が2014年に取り組みたいものの部品が出来上がったとの連絡があり。

2012年から細々と取り組んでいたものが、形になりそうで。

さらには2013年から準備万端で俺の開発を待っている物品もあり。

今まで自分がやってたことで、もうやらないことをマニュアル化して切り売りをしてもいいのかな?と思ったり。

優先順をつけながら、今年は去年一昨年よりかは集中していきたいなと思っています。

実際、アップル製品を買わないと何かできないという足枷を外すには、もってこいの時期だったんです。

何個、成功するかわかりませんけどね。

1つに集中しろ、手を広げすぎて何もできなくなってるぞ、という指摘を受けたりもします。

優先順をつけつつ、今年は少しでも自分に生きようと思うのでした。

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【ふと思うこと。】

「変わってる」って、

いけないこと?

ほかの人と違ってちゃ、

いけないの?

俺はね、いいことだと思っているの。

他の人と違った見方できるって、

素晴らしい、って。

人はコピーじゃないんだもの。

人は人、俺は俺。

自分を持って、生きたいな。