団体概要

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HID-SKYとは・・・

 

簡単に言えば、「何でも屋さん」です。

ここで、設立について少しお話ししておきます。

 

1997年。高校の放送部(同期)と、その周りが集まってできた集団。

それが企画団体HID-SKYの原型です。

「つるほー。」と当時は呼んでいたでしょうか。あまり覚えてませんが。

月曜~金曜の朝(8:00-8:25)、昼(12:35-12:55)の枠で放送部無駄に暴走しておりました。暴走部でしたな。

とある朝に、学校近くのローソン前で「あ!校内放送の声の人!」と驚かれたことがありました。その時だけは、ちょっとしたアナウンサー気分でしたな。

アナウンス担当なんていう肩書きをいただいてましたがね、一番しゃべるのが下手でね。

担当なのに「しゃべらせてもらえない」っていう屈辱を受けたりしましたな。

 

主に活躍していた主戦場は「企画・構成」分野で。

これが、後々できるHID-SKYの屋台骨となるわけです。

 

高校を2000年に卒業した我々は、一度ばらけてしまいます。

2001年、伊豆熱川のパンツ事件と言うものがありましてね。

要は、「ある人間がパンツ丸出し(故意)で旅館を歩き回り、全員に不快感を与えた」というなんともシンプルな事件でしたが。

すごいあっさりとバラバラになりましたな。

 

有志でやったのが、JET-Radioというインターネットラジオ

いつだったのかもう覚えてませんが、とにかくこの「合間」の時期でした。

2003年だった?

あ、そう。

2003年らしいです。今、明智(発起人)に確認しました。

まぁ、彼はいつも曖昧なので合っているのか分かりませんが。

このJET-Radio、あっという間に終わります。

3ヶ月だったかな?確か。これはね、俺覚えてる。

編集がえっらい大変でね。

早々に「これは無理だろ」ってなった。

放送部にあった機材の大切さを本当に感謝した瞬間でした。

「俺らの機材じゃ無理だ」ってなった我々は、即辞めた。

われわれ流の若気の至りでした。

 

2004年になって、一本の長いシリーズ企画ができます。

企画団体HID-SKYとして「もとつるWORKS」という旅行バラエティが年1で始まりまして。

編集を外注できるくらいの人が観たいといっていた時は、さすがに驚きましたが。

今も細々やっております。

 

2006年あたりから、イベント企画に力が入り始めます。

TVの企画をやってみよう!」っていうのもありました。

「渋谷のスクランブル交差点でスイカ割り!」なんていう警察様に止められた企画もありました。

小田原の街中を舞台に「逃走者 ○○○○」なんていう街中鬼ごっこもしました。

 

2010年、新たなる試みを行ないました。

いや、行なわされたと言うべきでしょう(笑)

浅草花やしきでの夏祭り(450人動員)、大人100人での本気運動会

また、フィンランドの音楽関係を手がけているo-moroさんと、音楽LIVE等を手がけましたな。

 

2011年4月より、コンサルティング業務が本格化いたしました。

コンサルティングなんてカッコいい横文字使ってますが、実際は困っていることを「聞いて、考えて、解決しよう」っていうことを、どんな分野であろうがやっております。

案外「プロに頼むほどでもない、でも困ってる」っていうお客様は多いのです。

これを書いているときは、3社のコンサルティング業務をさせていただいております。

 

2015年5月には「新感覚体験鬼ごっこ HIT-MAN ARRIVAL」という完全オリジナルコンテンツのイベントがスタート。

鬼ごっこにITの要素を取り込み、ドキドキ感が増すアプリを開発。

 

 

 

これからは何を手がけるか、非常に楽しみなものです。

 

皆がやりそうにないことを行っていく、「体現する」集団。

それが企画団体HID-SKYです。